他人と比べてしまう人へ。

「あなたはあなたなんだから、他人と比較なんかせず、自分らしく生きなさい

人生の中で、もう何度も聞いてきた言葉だと思います。

もっとお金があれば

もっとイケメン(美女)だったら

もっと才能があれば

もっと自由な時間があれば

もっと頭がよければ

あと10年若かったら

これらの言葉は、すべて他人と比べてしまうが故の悩みであり、

自分より恵まれている”ように見える”人を見るたび、

「なんで私は…」「私なんか…」と勝手に落ち込み、

その落ち込む自分を見て、さらに落ち込むというループに入ってしまうのです。

人生とは、自分を見つけることではない。

自分を作ることである。

バーナード・ショー(アイルランドの文学者)

人間は比較する生き物

確かに、他人と比べて落ち込んだり、悩んだりするのはバカらしいですし、

他人と比べることなく、自分らしい人生を歩めるなら、そんな素晴らしいことはありません。

でも、そもそも人間は「人と比べてしまう生き物」であり、

人との比較の上でしか自分を見出せない場合も多くあります。

カリフォルニア大学のグレゴリー・クラークという経済学者が、著書の中でこんなことを言っています。

どんな社会でも、金持ちは貧乏人より幸福である。しかし、リチャード・イースターリンが1974年に初めて論じたように、

1950年以降の経済先進国では、国民全体の所得の急増は、幸福度の上昇につながっていない。

例えば、日本では1958〜2004年にかけて、人口一人当たりの所得はおよそ7倍に増えたが、

国民が感じている幸福度は、上昇するどころか、むしろ若干低下している。

人間の幸福度が、自分の生活の絶対的水準ではなく、

他の基準的な集団と比較した相対的水準によって決まっているのは明らかだ。

所得が増え、大きな家を買い、高級な車に乗れるようになれば、一人一人はもっと幸せお感じるだろうが、

それは所得が自分より少なく、みすぼらしい家や車しか手に入らない人がいればこその幸福感なのである。

お金で幸せを買うことは確かにできるが、その幸福は他の誰かから移転されたものであり、集団全員がより幸せになったわけではないのだ。

あなたは、世の中の大富豪と比べればひどく貧しい状況にあるかもしれませんが、

世界の恵まれない国々の子供達から見れば、超リッチな暮らしをしていることになります。

さらに言えば、あなたは小学生の頃、1000円のお小遣いでゲームが買えないと嘆いたかもしれませんが、

それは3000円、5000円のお小遣いをもらってゲームしている友達が羨ましくてそう感じたのであって、

あなたの周りの子供が全員500円のお小遣いしかなければ、あなたのお小遣いは十分すぎると思ったはずです。

(結果、変わらずゲームは買えないままだというのに!)

人間の幸福度が、自分の生活の絶対的水準ではなく、

他の基準的な集団と比較した相対的水準によって決まっているのは明らかだ。

実は私たちは、自分自身や自分の人生の中身なんて目もくれず、

「あの人と比べてどうか」にしか興味はないのです。

所得が増え、大きな家を買い、高級な車に乗れるようになれば、一人一人はもっと幸せお感じるだろうが、

それは所得が自分より少なく、みすぼらしい家や車しか手に入らない人がいればこその幸福感なのである。

逆に、自分よりもお金を稼ぎ、いい車に乗っている人を見れば「自分なんて」と虚無感に襲われますし、

テレビに映る美男美女を見るたびに「私はなんてブサイクなんだろう」と嘆くことでしょう。

なぜか?

人は、無意識のうちに他人と比較して生きていますが、

同時に、他人から比較されていると思い込んで生きているからです。

例えば、あなたが無意識のうちに「お金のあるなし」で人を判断し、

「お金がある人=すごい」「お金がない人=ダメなやつ」と無条件で識別しているとします。

すると、今度は「自分もまた、お金で価値を判断されている」と思うようになり、

自分よりお金を持っている人には過剰にコンプレックスを感じるようになるのです。

”過剰に”というところがポイントで、私たちが他人と比べてしまうのは、

まるでお金が世界の全てであるかのように考え、

それを絶対的な価値基準にしてしまうからです。

勿論、お金を含め、あなたが他人と比べている点は、

”他ならぬあなたが重要だと考えているもの”なので、

人生において重要な要素であることは、間違いありません。

でも、それが全てだと勘違いし、勝手に落ち込むのは、あまりにも無駄で勿体ないことではないでしょうか。

半分水の入ったグラスを見て、「まだ半分ある」と考えるのか、それとも「もう半分しかない」と思うのかと同じで、

重要なのは、世界が”どうあるか”ではなく、あなたが世界を”どう見るか”なのです。

だからまず、「人と比べない生き方」をしようと考えたときに、

自分は他人と”何を比べているのか”、

そして、言い換えれば、”自分は他人の優劣をどこで決めているのか”を考え、

自分の世界に対する「間違った見方」に気づいてください。

そこから、認識の歪みを直せるかはともかく、まずはそこに気づくところから始めて見てはいかがでしょうか。

人が持てる力を放棄する最もありがちな方法は、

自分には何もないと思うことだ。

アリス・ウォーカー(アメリカの作家)

他人と比べる癖の活かし方

自分がなぜ他人と比べてしまうのかについては、多少なりとも理解していただけたかと思いますが、

それはこれまでの人生で形成してきた価値観なので、

「じゃあ、明日からこうしよう!」と言って、簡単に直せるようなものではないでしょう。

「今また、勝手に勘違いして落ち込んでたなぁ。気をつけよう!」と日々、意識することで一歩ずつ改善していただければなと思います。

ただ、それと同時にあなたに伝えたいのは、

「人と比べてしまう」のは必ずしも、悪いことばかりではないということです。

というのも、

嫉妬やライバル心は、大きなパワーにもなるからです。

人がやる気を出すのは、

何かしらの”外的な刺激”を受けた場合が多いです。

同期が活躍してるのを見て「悔しい!俺も頑張ろう!」と思えたり、

〇〇ちゃんは、あんなに可愛いのに!と嫉妬することで、

「じゃあ、どうすれば自分も可愛くなれるのか」について考えるきっかけになったりします。

他人と比べることで落ち込んだり、自己嫌悪に陥るのではなく、

その強力なブースト効果をうまく活用できれば、

その嫉妬心や悔しさは、大きなパワーとなるでしょう。

「人類史上の進歩の大部分は、不可能を決して受け入れなかった人々によって達成された。」

マイクロソフト創設者ビル・ゲイツの言葉ですが、

人類は、現状に不満を持ち続けたからこそ、ここまで発展してきたのです。

「空なんか飛べなくてもいいや」とライト兄弟が考えていたら、飛行機は誕生してないかもしれませんし、

「夜は暗くて活動しにくいけど、まあいっか」とエジソンが思う人間だったなら、電球はこの世に存在しなかったかもしれません。

先ほども言いましたが、

世界は「現実としてどうあるのか」ではなく、

「現実に対してどう反応したか」が重要です。

(例えば、お金がないから不幸なのではなく、お金がないことを不幸だとあなたが決めつけたから不幸になるのです)

あなたが人と比べて落ち込むとき、

重要なのは、落ち込んだ要因そのものではなく、

その要因をどう捉えるか、

すなわち、それを”自分をさらに嫌いになる理由”として考えるか、

”自分を成長させてくれる薬”と捉えるかです。

あなたは、

見た目が良くないかもしれない。

お金がないかもしれない。

才能もなく、夢もないかもしれません。

(そもそも、それ自体が勘違いである場合も多いですが)

でも、それは必ずしもあなたを自己嫌悪に貶めるものではなく、

あなたを成長させてくれる偉大な教師なのです。

そして、もう一つ重要なのは、

他人ではなく、自分と比べる意識を持つことです。

結局、他人と比べても勝てません。

他人と比べてしまうと、上には上がいるので、

世界一にならない限り、あなたは誰かしらに劣等感を感じ続ける人生となってしまいます。

でも、自分と比べれば劣等感が充実感に変わります。

一年前の自分と比べてどうか、昨日の自分と比べてどう変わったかという視点を持つことで、

我々の中に確かな成長意識が芽生え、「自分なんて」と虚無感を感じていた日々から

満足感と達成感に溢れた毎日に変わるのです。

常に幸せそうにいきている人、常にやる気に満ち溢れている人を研究して見ると、

彼らが最も大事にしているのが「自分が成長しているという実感」だったりします。

だから、日々他人と比べてしまう癖を、過去の自分と比べる癖に変えて、

「成長の実感」をまずは、一度味わって見てください。

そうすれば、ゲームのように自分が日々レベルアップしている感覚を掴み、

今まで灰色で味気なかった日常が、ガラリと変わって見えるはずです。

そして、ゆくゆくは

「この世の全ての経験は、自分の成長に繋がっている」という心理にたどり着き、

挑戦や失敗が最高に楽しくなってきます。

そうなれば、もはや無敵で、

どんなに自分を卑下するような人間が現れたり、

「自分はなんてダメなやつなんだ」と自己嫌悪に陥りそうになっても、

落ち込むどころか、”ワクワク”してきたと思えるようになります。

日本が世界に誇るスーパースター、イチロー選手はこう言いました。

「小さなことを積み重ねるのが、

とんでもないところへ行く

ただ一つの道だと思っています。」

20世紀最高の物理学者と称される天才アインシュタインもこう言い残しています。

「私はそれほど賢くありません。

ただ、人より長く一つのことと向き合っていただけです。」

だから現状、あなたがどれほどダメ人間でも、人と比べてどんなに劣っていても、全く問題ありません。

それは、それだけ”伸び代”があるということだし、日々ほんの少しずつでも成長してレベルアップしていけば、ほとんどのライバルはあっという間に追い抜けるでしょう。

他の誰かではなく、自分自身の最高を目指すべきである。

ジュディー・ガーランド(アメリカの女優)

まとめ

人と比較するということは、

情けない自分が許せない、他人よりも善くありたい、という

「向上心」が少なからずあると思います。

「自分なんて」と自己嫌悪に陥るとき、

「もっと素晴らしい自分で居たかった」という切なる願いがそこには含まれているのです。

あなたは自分をダメなやつだと勘違いしているかもしれませんが、

本当にダメなやつは自分がダメなことにすら気づいてないですし、

自分のダメな部分を改善したいとすら考えていません。

「涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない。」

ドイツの偉大な詩人ゲーテの名言にあるように、

いつの日か、あの時悩んでいたことが、

今の素晴らしい人生に繋がっているんだ!と心から思えるはずです。

今の不遇な人生、困難な状況こそが、あなたを強くさせるのです!

私たちは自分が思った通りの人間になる。

アール・ナイチンゲール(アメリカの作家)

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