つまらない毎日をより楽しく生きるために

生き方の二極化

そう叫ばれるようになったのは、決して今に始まったのことではありません。ずいぶん前から”世界は二極化”に向かって進んでいる、といわれてきました。

貧富の二極化、情報の二極化(格差)を始めとして、あらゆる分野で今後”持つ者と持たざる者”の二極化が激しくなっていくことかと思われます。

そして、それは突き詰めれば「個人の生き方」であり、人生そのものの二極化が進んでいるということにもなりますから、

私たちも今一度「人生の指針」について深く考え直す必要があるなと、感じるのです。

『「生きる」ということは、この世で最も稀なことだ。

たいていの人は、ただ「存在」しているだけである。』

‐オスカー・ワイルド(アイルランドの詩人)‐

生き方の二極化とは

生き方の二極化といいますが、

簡単に言うと

「毎日同じことを無気力に繰り返すだけの平凡な人生を”なんとなく”生きる」

のか、

「日々新しいことにチャレンジする刺激的でクリエイティブな人生を楽しむ」

かということです。

どちらの人生がいいかは人の個人的嗜好によることかもしれませんが、多くの人はきっと楽しく充実した後者の人生を求めているかと思います。

(少なくとも、このブログに足を運んでくださったあなたはそうであるに違いないと、希望的観測を以て書き進めていこうと思います)

では、なぜ多くの人が頭では「後者の人生(クリエイティブな人生)」を望んでいるはずなのに

いつも通りの毎日をなんとなく過ごしてしまうのか。

それは、ほとんどの人は頭ではよりクリエイティブな人生、より充実した毎日を求めているにもかかわらず、

潜在的には「このままでいい」と思ってしまっているから他なりません。

言い換えれば、心の底ではあなたは自分自身の人生に満足しているし、

自らその人生を選んでいるということです。

「いや、そんなわけないでしょ。

僕は本気で人生を変えたいと思っているし、

もっと刺激的で面白い毎日を送りたいよ!!」

こう思われた方も多いかもしれません。

ただ、われわれの心理に関する重要な真実を一つお教えしますと、

「行動」は常に「意識」のもとで選択されるものである

ということです。

(意識には顕在的なものと潜在的なものがあるので、その選択は無意識下で行われている可能性も大いにあるのですが)

つまり、あなたがどんなに「人生を変えたい!」と願っていたとしても、昨日と何も変わらない日々を送ってしまうのなら、

それはあなた自身が「(潜在的には)このままの人生でいっか」と思っているという事なのです。

本気で人生変えたい人は、とっくに変えています。

(少なくとも、変えるための具体的な行動を起こしているはずです)

なぜなら、彼らは「今の人生への不満>チャレンジすることへの不安」、

あるいは、「楽しく充実した人生への渇望>失敗への恐れ」と考えるからです。

逆に言えば、人生を変えたいと語る多くの人は、「チャレンジすることへの不安や失敗への恐怖>新しい人生への希望」と(心の底では)考えているからこそ、

いつまでたっても何も変えることができないのです。

生きながらに死んでいる”生ける屍たち”

「ある日突然奇跡が起きて人生変わらないかな~」

そんな風に思いながら、決して変わらない毎日を機会のように流されて生きる日々。

そうやって”何となく生きて、なんとなく死んでいく”彼らは、本当に生きていると言えるのでしょうか。

ただ無気力に人生を「消費」していくだけの「生ける屍(しかばね)」としての人生で、

「もう思い残すことはない。私は十分に人生を楽しんだ。」

と言って、笑顔であの世へ行けるのでしょうか。

人間が真に後悔するのは、

出来なかったことではなく、やろうとしなかったことだ

と、よく言われていますが、

できることしかしない。新しいことへは挑戦しない。毎日何かを変えようとしない。

もしあなたがそんな人生を送っているのなら、それはあなたがこの世を旅立つ時に積もり積もった後悔の念としてあなたを襲うでしょう。

(事実、あまりにも多くの人が「あの時こうすれば良かった」と、涙を流しながらこの世を去ることになっているのです)

アメリカの偉大なミュージシャンであるボブ・ディランもこう言っています。

「日々生まれ変わるのに忙しくない人は、日々死ぬのに忙しい。」

「あと10年若ければ……」

多くの人が、長い人生の中で一度は頭をよぎるフレーズではないでしょうか。もっと若ければ、もっと健康だったら、もっとお金があったら、もっと才能があったら、もっと痩せていれば……

われわれは、もっともらしい理由を”言い訳”に自分の人生から逃げようとしてしまいます。

(実質的には、年齢も健康もお金も才能も、より良い人生を送ることと何の関係もないはずなのに)

今日という一日が、残りの人生の最初の日である。

ということは、あらためて言うまでもないかと思いますが、このことを中国のことわざは圃場に上手く表現しています。

「木を植えるのに一番いい時期は20年前だった。次にいいのは今である。」

新しい人生を歩み始める最適なタイミングは、いつだって今なのです。

「明日から始めよう」などと言っている人は、永遠に何も変えることができません。

加えて、人生何となく生きてしまうという人には「機会費用」という非常に重要な考え方を是非とも覚えてほしいと思います。

機会費用とは、AとBという選択肢がありAを選択したときに、Bを選択すれば得られたであろう利益を損失しているとも考えることができるという話です。

つまり、失敗や不安を理由に現状維持(何も変えない)を取り続けることは、人生を変えるための具体的なアクションを起こせば得られたかもしれない”素晴らしい人生、クリエイティブな毎日”を「捨てている」ともいえるのです。

あなたはなるべく傷つかない道、失敗しない道を選んだにもかかわらず、

実は、人生を改善するチャンスをただ棒に振っているだけ、という可能性も十分に考えられるのです。

「ある者は明日に、

他の者は来月に、

さらに他の者は十年先に、希望をかけている。

誰一人として、今日を生きようとする者がいない。」

‐ジャン=ジャック・ルソー(フランスの哲学者)‐

自分の人生を生きよう

一つ、決して誤解しないでいただきたいのですが、私は別に「人生変えるために、新しいことに挑戦すべきだ!」とか「平凡な人生はつまらないから、今すぐ変われ!」と言っているわけではありません。

(そもそも、それで変われるなら今このブログを訪ねることもなかったと思います)

私はただ「自分の人生自分で生きましょうよ」と言っているだけなのです。

言い換えれば「自分の人生の責任くらい自分で負うべきだ」ということです。

他人に流されるままに、他人の人生を生きるのではなく、自分の足で自らの決断に従って”自分の人生”を歩んでください。

たとえそれが、表面的には今までと同じ人生を歩むことになったとしても、自らの意思決定によるものか、他人の意志やルールに流されたものかは天と地ほどの差があるのです。

これが、多くの人が

「やりたいことがない」

「人生がつまらない」

と言っている根本的な原因の1つでもあります。

やりたいことがないと嘆くほとんどの人は、自分の人生に対して自分で責任を追おうとしないわけですから、そこに自分の意志や想いは存在しないわけです。

自らの意志で決断することを放棄し、他人の意志や社会の常識にのみ従って生きるわけですから、そこに真の充実感などあるはずがありません。

アメリカ大陸を発見した偉人、クリストファー・コロンブスの名言にこんなものがあるではないですか。

「岸が見えなくなる勇気を受け入れることができなければ、海を渡ることは決してできない。」

非凡な存在になる必要はない

「人生を変えたい」と思った時、

多くの人は”非凡な存在、非凡な人生”を求める傾向が強いように感じます。

ホリエモンみたいに好きなことをやって生きたい!

イチローみたいに人生をかけて何かを成し遂げたい!と。

彼らのようなユニークで非凡な人生に私たちは憧れます。

けれど、私は決してそのような非凡でユニークな存在になろうとする必要はないと思います。

なぜなら、非凡さとは”なるものではなく、思い出すもの”であり、あなたを含めこの世のすべての人は

本来「すでに非凡でユニークな存在」だからです。

にもかかわらず、

私たちの多くは、自分の意志や想いを押し殺し、他人や社会に従おうとすることで、

自らそのユニークさや非凡性を無くしてしまっているのです。

あなたらしく生きてください。

あなたの人生を他人にゆだねないでください。

それだけであなたは簡単に「あなただけの素晴らしい人生」を手にすることができるでしょう。

(気休めのように聞こえるかもしれませんが、有名人や偉人たちの多くは、決して他人の人生を生きようとしなかったのです)

そして、そのための最も効果的で即効性のある方法こそが、自分の人生に責任を持つということなのです。

アメリカのジャーナリスト、ミニヨン・マクローリンの言葉にもこうあります。

「偉大な小説を書く人はあまりいません。

でも、私たちの誰もがそれらを生きることができます。」と。

あなたの人生は、他でもないあなただけのものです

あなたは人生において、あらゆる決定権を持ち、すべての自らの赴くまま自由に決断し、人生を歩んでいく「権利」を持っています。

自分の仕事、恋人、住む場所、会う人を始めとして、毎日の食事や服、話し方や考え方などありとあらゆることを選択し、決定していくことができるのです。

その一つ一つの選択と決断を自らの手で”意識的に”行ってこそ、

その選択と決断に「責任」を負うことができるのだと私は思います。

逆に言えば、多くの人は毎日の選択と決断を無意識的になんとなく行っているのであり、

「自らがその選択と決断をした」という自覚がないために、その結果に対する責任を負おうとせず、中途半端な人生を送るはめになってしまうのです。

つまり、あなたは

  • 今まで通りの人生を享受する
  • 思い切って新たな人生にチャレンジする(何かを大きく変える)
  • 変えられるところから少しずつ変えてみる
  • 今まで通りの人生を歩みつつ、新たな人生を模索する
  • etc

実に多くの選択肢があり、そのすべてを選択することができるのです。

※ただし、その円卓と決断に際する結果は、すべてあなたの責任として追わなければなりません。

それは言うなれば、自分の人生としっかり向き合うという事に他なりませんし、

どんな選択をしたにしろ、前を向いて一歩ずつ「自分の人生」を歩いていくということなのです。

私の主張をまとめると

あなたは自由に生きていい!

でも、好き勝って生きるのだから

当然その責任を負う”覚悟”はあるよね?

という一言に尽きます。

このことからいつまでも逃げ続けているからこそ、

やりたいことは見つからないし、

人生退屈だし、

未来に夢も希望も持てないし、

変わろうとしても何も変えられないのです。

人生を変えたい!毎日をもっと充実した楽しいものにしたい!

と思うなら、まずは

「自分の人生に責任を負い、自分の人生を歩み始める意識を持つ」

というところから始めてみてはいかがでしょうか。

まとめ

いかがでしたか?

今回の要点をまとめると以下の通りです。

  • 平凡で退屈ないつも通りの人生を消費するだけの人生と、楽しくて刺激的なチャレンジャーな人生があり、私たちはそのどちらを選んでもよい(「人生つまらない」と言いながら、何も変わらない日々を送る人は、実際のところ今のままでいいと心の奥では思っている)
  • 人生を変える最高のタイミングは他でもない「今」である(「まあ、明日でいっか」と言って先送りにしてきた”今”の集合体こそが、人生なのです)
  • 他人の人生ではなく、自分の人生を生きよう!(他人に人生をゆだね、自分の意志を捨ててしまうから、人生つまらないし、何も変わらないのである)
  • 自分の人生を生きる秘訣は「人生に責任を負う」ことである(日々のすべての選択と決断を意識的に行い、その結果に対する責任はすべて自分で負う覚悟を持つことが人生を変える第一歩である)

今回の話を受けて、

”どう反応するか”もあなた自身の自由です。

「ふーん、まあ別に今すぐ変える必要はないしな」と言って、今まで通りの日常に戻るもよし。

自らの思考や行動を”意識的に”変えてみるも良し。

どんな選択をするのも、あなたの自由なのです。(あなたの人生なのですから)

ただ、その選択と決断を下した際の結果は、すべて自分の責任だと受け入れてください。

今回の話を聞いて、「何も変えようとしない」にしても、あなた自身が”あえて”そういう選択を自らの責任において下すのであり、

その後、人生がどう変わろうともすべて「自分の選んだ道だ」と胸を張って生きてください

(そうすれば、たとえ表面的には何も変わらない毎日だとしても、その人生の意味は大きく異なると私は思うのです)

さあ、あなたはどういう人生を”生きる”のですか?

最後までお読みいただきありがとうございました。

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